ストラテジストのつぶやき~ETFで広がる投資戦略~

外債投資、為替ヘッジはどうするべきか

2023年9月6日作成

購買力平価で見ると約40年ぶりの円安米ドル高

足元の米ドル円レート140円台は約40年ぶりの円安米ドル高水準

2023年8月25日現在、米10年国債利回りは4%超となっており、投資妙味が高い利回りとなっています。外国債券投資には為替レートがつきものなので、今回は米ドル円レートについて分析してみます。足元の米ドル円レートは146円程度となっており、1990年頃以来の30数年ぶりの円安水準と言われています。しかし、米ドル円レートを購買力平価との比較で見た場合、現状のレートは1980年代前半以来の約40年ぶりの円安米ドル高水準と見ることもできます。今後の米ドル円レートはどうなるのでしょうか?

図表1は変動相場制移行後の米ドル円レートと購買力平価の推移です。日米インフレ格差から算出される購買力平価は長期的に右肩下がりで推移し、米ドル円レートも購買力平価の影響を受けながら概ね米ドルが右肩下がりで推移してきました。購買力平価は計算するインフレ率によって種類があり、ここでは輸出物価ベース(青線)、企業物価ベース(緑線)、消費者物価ベース(赤線)を載せています。真ん中の企業物価ベースで見た購買力平価(緑線)と比べると、米ドル円レートは、X・Y・Zのような「円高オーバーシュート局面」もあれば、A・Bのような「円安オーバーシュート局面」もあり、購買力平価からかなり大きく乖離する局面がありました。

米ドル円レートが購買力平価から大きく乖離した理由は一つや二つではないと思いますが、今回はよく指摘される「貿易収支」動向と「日米金利差」動向で分析してみようと思います。

[図表1]  米ドル円レートと購買力平価(PPP)の推移

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期間:1973年1月~2023年7月、月次(輸出物価ベースのPPPは1983年9月から)
米ドル円レート(実勢相場)は月中平均

(出所)公益財団法人 国際通貨研究所のデータを基に野村アセットマネジメント作成

貿易収支は為替レートへ与える影響が大きい

日本の貿易収支は、大きな黒字局面と赤字局面があり、それぞれが為替に大きな影響を与えてきた

図表2は米ドル円レートと日本の貿易収支の推移です。日本の貿易収支を俯瞰すると、大幅な貿易黒字の局面(①)、そして、大幅な貿易赤字の局面(②③)がありました。米ドル円レートはこうした貿易収支動向の影響を受けてきたと見ています。

①の大幅な貿易黒字が続いた局面は、米ドル円レート自体が大幅な円高米ドル安に動いたことに加え、先ほどの購買力平価との比較で見ても、相対的に大幅な円高米ドル安にオーバーシュートしていたことが分かります。特に、1980年代や1990年代前半は「日米貿易摩擦」が激しくなり、政治的にも日米が対立し、円高米ドル安という経済的圧力が働いたと考えられています。

一方、②の大幅な貿易赤字の局面は、東日本大震災後に日本が大量の原油や天然ガスの輸入を強いられたことで大きな貿易赤字となりましたが、政治的にも「日米貿易摩擦」は終わっており、2013年頃から始まった「アベノミクス政策」にも乗って、自然な形で円安米ドル高に動きました。

そして、③は記憶に新しい原油相場高騰局面で、原油や天然ガス等のエネルギー輸入金額が急増して大幅赤字になりました。そして、為替もかなりの円安米ドル高にオーバーシュートしました。但し、足元では原油相場がピークアウトしたことや自動車輸出が回復したことで、貿易赤字は大幅に減少しており、円安米ドル高を後押しする材料ではなくなりつつあります。

[図表2] 米ドル円レートと日本の貿易収支の推移

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期間(米ドル円レート):1973年1月末~2023年7月末、月次
期間(貿易収支):1973年1月~2023年7月、月次

(出所)Bloombergを基に野村アセットマネジメント作成

日米金利差も米ドル円相場に大きく影響

ある程度の日米金利差があり、金利差が拡大する局面では円安米ドル高に動く傾向がある

図表3は米ドル円レートと日米金利差(10年国債ベース)の推移です。この図の期間に限れば、日米金利差が1%以上あり、金利差が拡大した局面では円安米ドル高に動く傾向が強かったことが分かります。①③④⑤などがその局面で、②は金利差が拡大したものの円高米ドル安に動いており、必ず円安米ドル高になるとは限りませんが、その傾向はかなり強かったことが分かります。

今後の日米金利差を予想してみると、日本の10年国債利回りがYCC(イールドカーブ・コントロール政策、長短金利操作政策)のもとで大きく動きにくい一方、米10年国債利回りもFRB(米連邦準備制度理事会)による高金利政策がしばらくは続きそうなことから、金利差が大きく縮小する可能性は低いと見ています。そのような環境であれば、米ドル円レートも大きくは動かないことが予想されるため、米ドル円の為替ヘッジコストの高さを考えると、当面は外債投資の際には為替ヘッジは行なわずに、外債の金利をフルに享受しても良いのではないかと考えています。

一方、将来的に為替ヘッジが必要な局面は、日銀がYCC政策を解除したり、マイナス金利政策などの金融緩和を終了するケースや、FRBが利下げに動き、日米金利差が大きく縮小するケースであると考えます。上述の通り、その局面はまだ先ではないかと考えていますが、大きな貿易赤字が既に無くなっていることを踏まえると、円安米ドル高を支えているのは日米金利差が主な要因となっており、長期の円安米ドル高への楽観は禁物でしょう。長期的には慎重に投資環境を分析していく必要はあるでしょう。

[図表3]  米ドル円レートと日米金利差の推移

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期間:2015年1月1日~2023年8月25日、日次
日米金利差は日米10年国債利回りの格差(米国-日本)、国債利回りはBloomberg Generic

(出所)Bloombergを基に野村アセットマネジメント作成

<関連銘柄>
NF・外国債ヘッジ無ETF(証券コード:2511)
NF・外国債ヘッジ有ETF(証券コード:2512)
NF・米国債7-10年ヘッジ無ETF(証券コード:2647)
NF・米国債7-10年ヘッジ有ETF(証券コード:2648)

(2023年9月6日作成)

野村アセットマネジメント
シニア・ストラテジスト

阪井 徹史

Tetsuji Sakai

1988年以降約20年間、野村アセットマネジメントにて主に日本株のアクティブ運用業務に従事。その後、グローバル・ストラテジストとして、世界の様々な市場の分析や投資アイデア提供活動を継続中。

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